「人間講座」第30夜「対話が日本を変える!」
革新懇の22回総会では、混迷を極める政治情勢だからこそ、問題意識を共有して自由に話せる革新懇の場が大切との認識が共有されました。「対話こそ大事」と参加を呼びかけ、8人が参加しました。講師の永井玲衣氏(哲学者・作家)の様々な対話の場での貴重なお話をお聞きし、参加者の自由発言では、街頭での「シール投票」での対話の経験もありました。これからの運動に生かす様々な気づきがありました。杉井氏の閉会の挨拶に、私達は大変励まされました。
(講演要旨はこちらです)
対話とは、聞き合うこと
対話とは一方的な主張や結論を急ぐ場ではなく、互いに「聞き合う」時間である。現代社会の労働や政治の場では、他者を記号やラベルで見る「非人間化」が起きやすい。しかし、相手の言葉に耳を澄ませることで、相手は取り換えの利かない一つの命として立ち現れる。ある企業で対話を行った際に、普段怖い顔をしていた部長が、「死ぬのが怖い」「子どもの頃の経験」をぽつりぽつりと自分の言葉で語り始めると、社員から「部長って人間だったんだ」と驚いた経験があった。対話とは、社会の非人間化に抵抗する営みそのものなのである。
私の思いを大切に
語り合いの場では、「私はこう思う」という小さな主語を大切にする。自分を主語にすると言葉に詰まったり沈黙が訪れたりするが、その中にこそ本物の表現がある。語りの終わりは語り手が決めるべきであり、結論がなくても途中で遮らず、最後までその人の時間に一緒に居続ける姿勢が求められる。
語り合いの場では、「私はこう思う」という小さな主語を大切にする。自分を主語にすると言葉に詰まったり沈黙が訪れたりするが、その中にこそ本物の表現がある。語りの終わりは語り手が決めるべきであり、結論がなくても途中で遮らず、最後までその人の時間に一緒に居続ける姿勢が求められる。
弱さやわからなさを共有
対話は論破する場ではなく、弱さや「わからなさ」を開示して一緒に考える場である。「なぜ雑草を抜くのか」といった身近な問いを出発点にすれば誰もが参加でき、対話を重ねる中でそれは社会や政治の本質的な問いへと育っていく。
対話は論破する場ではなく、弱さや「わからなさ」を開示して一緒に考える場である。「なぜ雑草を抜くのか」といった身近な問いを出発点にすれば誰もが参加でき、対話を重ねる中でそれは社会や政治の本質的な問いへと育っていく。
小さな声を聞き合い育てよう
対話は既存の諦めに問いを投げかけ、暴力ではない仕方で健全な緊張感を作り出す「脱暴力」の行動である。くらしや政治の課題に対峙するときこそ、正解で説得しようとするのではなく、一人ひとりの小さな声を聞き合い、共に問いを育てる対話の場を地域に無数に作り出していくことが大切である。
対話は既存の諦めに問いを投げかけ、暴力ではない仕方で健全な緊張感を作り出す「脱暴力」の行動である。くらしや政治の課題に対峙するときこそ、正解で説得しようとするのではなく、一人ひとりの小さな声を聞き合い、共に問いを育てる対話の場を地域に無数に作り出していくことが大切である。
◆閉会挨拶要旨 (弁護士杉井静子氏)
本当に心に響く講座でした。人の話をよく聞き、共に問いを立てて考える「対話」こそが今求められています。最近はリモートやSNSが普及していますが、脳科学的にも言葉を超えたリアルな対面での交流が不可欠です。私たちは同じ意見だけで固まりがちですが、大切なのは同調ではなく対話です。今、自衛隊のあり方を巡る議論などもありますが、憲法・九条を変えてはならないという思いを共感の軸に、一致点で繋がり、異なる意見を認め合いながら力を合わせましょう。革新懇の原点である「懇話」、すなわち対話の質を今一度高め、「対話が日本を変える」という言葉を胸に、行動していきましょう。
本当に心に響く講座でした。人の話をよく聞き、共に問いを立てて考える「対話」こそが今求められています。最近はリモートやSNSが普及していますが、脳科学的にも言葉を超えたリアルな対面での交流が不可欠です。私たちは同じ意見だけで固まりがちですが、大切なのは同調ではなく対話です。今、自衛隊のあり方を巡る議論などもありますが、憲法・九条を変えてはならないという思いを共感の軸に、一致点で繋がり、異なる意見を認め合いながら力を合わせましょう。革新懇の原点である「懇話」、すなわち対話の質を今一度高め、「対話が日本を変える」という言葉を胸に、行動していきましょう。
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